風立ちぬ を通して 宮崎駿 を知る。

 

  
公開から3ヶ月が経った今、未だにこの作品の素晴らしさに浸る。

私が、もう一度この作品を振り返りたいと思ったのは、

宮崎駿監督の引退発表
NHK プロフェッショナル 仕事の流儀 を観て
本へのとびら との出逢い

これらがきっかけ。

宮崎監督が、どういう想いでこの作品、そしてジブリ作品を創ったのか、を

知った上で、もう一度 風立ちぬ を振り返ってみたい。

そもそも、彼にとって映画とは何なのであろうか。

私が、彼が受けた数々のインタビューやジブリ作品から感じ取ったのは、

「これからの将来を創る、子どもたちへのメッセージ」

である。

メッセージというと、言葉のニュアンスが強いかもしれないが、

彼は、映画 というもっと視覚的なツールを使って伝えようとしているもの と感じた。

確かに、ジブリ作品に出てくるキャラクターたちの台詞の中にも、

そのメッセージ性は含まれているだろう。

でも、彼が一番大切にしているのは、観る人に焼き付く、

ジブリ映画が見せる柔らかい描写の世界観 だと思う。

一コマ一コマ細部までこだわって鉛筆と筆で描かれる、

宮崎駿独自の世界観。

ジブリ作品は、海や空といった壮大な自然を扱うものが多い。

今、アニメーションの世界はものすごく煌びやかで、

映像技術がますます発達しており、インパクトや過剰効果を見受ける。

なかなか、彼のような「イメージボード」を元に創られた作品は少ない。

その「イメージボード」とは、一体何なのか。

これから創る映画作品に対して、コンセプトやテーマを立てず、

頭に浮かんだ イメージ を

創造力を頼りに広げながら、一つ一つの主人公やシーンを創る。

このことを、彼はこう述べている。

「創造力という 風呂敷 を広げて、いきいきとした場面を生み出す」

これが、宮崎駿流の創り方。

ここから、作品の幅を テーマを定めることで狭めたくない、という印象を受ける。

この、彼の頭から湧き出た、

作品の鍵となるシーンやキャラクターが描かれた原画、

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これが、「イメージボード」である。

その、イメージというのは、彼が今までに見てきた感じてきたものから湧いてくる。

アトリエ近くにある幼稚園、いつもの散歩コース、半径3mで出逢った本、漫画…

昔から、複雑な小説や哲学書よりも柔らかい児童文学が好きで、

自分が気に入った作品に出てくる挿絵や本の表紙、

キャラクターの表情の描き方を細かく観察していた。

文章だけでは曖昧なイメージが、その、挿絵や表紙のおかげで記憶に残される。

各作品を思い出す際に必ずと言っていいほど挿絵や表紙とつなげて覚えていて、

ざっくり言ってしまえば、どうやら断片的なところが満喫できれば

別にその作品を最後まで読み切ることに重点を置いてはいなかったようである。

また、彼は実際にこんなことを述べている。

映画創りは、 「脳みそに釣り糸を垂らす」 作業。

つまり、彼の頭の中にいる魚[イメージ]を必死に釣る[引き出す]作業なのだ、と。

それがまた、そんな簡単に釣れる[引き出せる]ものじゃなくて、

そもそも魚がそこにいるかも分からない[自分の頭になにもない]かもしれない。

でも、その緊張感漂う、待ち時間[理想のイメージを見える化できるまでの時間]を

愉しんでいる人なんじゃないかなぁ、と感じた。

(もちろん、相当のエネルギーを浪費するだろうが)

こんなに数々のヒット作品を創り上げてきて、

未だこういう不安を抱き続けていることが

意外であり、同時に、

だから、こんなに新鮮な作品を作れるのか、と納得もできた。

敗戦後の困難を乗り越えようとして、少年文庫をつくった、

石井桃子中川李枝子 さんたちが児童文学で伝えたかったであろうメッセージ、

「何かうまくないことが起こっても、それを超えてもう一度やり直しがきくんだよ」
「こんなに大変な時代にでも、あなたたちは生まれてきて良かったんだよ」

というものを、彼は文学で ではなく、

自分の得意とする 映像で 伝えたかったんじゃないか、と思う。

3.11後、日本が取り掛からなければならない問題が山ほどある。

逃げられない、目がそらせない状況にまで来ている。

こんな状況を「風が吹いている」と表現して、

そんな、みんなを悩ませる風が吹き始めた今だからこそ、

この 風立ちぬ を創っておかなければいけないと思ったのでは、と。

そして、なぜこの作品で監督業を終えようと思ったのか。

彼の伝えたかった子供たちへのメッセージ、

「(それでも)生きねば。」

ということを、ジブリ作品を通して伝えきれた、と思えたからかもしれない、と。

  もののけ姫(1997) 「生きろ。」
  崖の上のポニョ(2008) 「生まれてきてよかった。」

そして、

爽やかでない風が吹き荒れる時代に突入した今、

軽々しくファンタジーな世界を描けなくなった彼は

自分の作品を観た、これからを担う子供たちに

彼がどうしても描けなかったファンタジーな世界観を、

風が吹く時代を覆すような物語を生み出す夢を 託したのかもしれない。

ようやく、映画界の 宮崎駿 を終え、

今後は 新たな分野で メッセージ を表現していくのかもしれない。